精神的な壁・ひらりと飛んで虹。

やはり心のことを書こうと思い直し。

彼方のひとびと。

まいばすけっと(コンビニ規模のイオン系のスーパー)の帰りに

荷物が重い時など、フラフラになりながら、脳裏に彼岸に逝ったひとびとと

話をしながら歩いていることがある。

その1(ばーちゃん)「ああ、そんなに”よんがらよんがら”

(フラフラと歩い)て」ばーちゃんが不安そうに語りかける、うん、大丈夫だよ。と

わたしは歩を進める。その2「フンッ」じいちゃんは厳しかったものね。

空の向こうでも相変わらずってカンジ。その3「苺は本当にオガシナイ(おかしい)」

おとうさんも変わらないねぇ。ただあなたがたはそうやって空から地上を見下ろしてわ

たしを見ていてくれる。そのことにちっちゃく安心していられる自分が居るよ。

 

存命の頃などより、わたしを知ってくれている気がするの。

 

頭の中のヒミツ通信。映画的な気分。

 

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映画的な気分について。おとうさんは不思議がってた。

「何それ」怪訝そうな顔。自分の理解の範疇を越えると途端に

「オガシナイ」判定をくだす父。それが「らしい」感じがした。

だけど「お前とオレは似ていたんだな」と晩年言っていた時があって

たぶんだけど、わかってくれたのではないかなぁ、ってふうに思う。

逝っちゃったらそんな細かいことは清算される。そういうもんだ。

 

そちらのお天気はどんな具合ですか?

こちらは梅雨です。今日は晴れています。

遠い記憶。未だ苦しむ。

わたしの人生の忘れられない出来事。それは国立のA病院。

両親が「苺はオカシイ」と判断してひっぱって連れていった精神科。

当人としては日常であるから特に何の異常も感じてはいない訳で。

今より乱暴な投薬の時代。粗野な扱いをする看護婦(当時の言い方)。

聞かぬふりを通した医師。欲望のままに動く患者仲間。

「なんの集団かと思いました」と述べたのは

そういう自分もその内に所属するんだよ、と言ってあげたかったJ恵ちゃん。

昭和のノリがきつかったな。堂々いびる看護婦。

医師は製薬会社と癒着していたんだろうか。なぜあんなにロドピンを使うのか。

嫌だったなぁ。そんなわたしが楽な気持ちでA病院を暮らせたのは

看護婦Kさんがわたしを認めてくれたから。Kさんは「あれが普通の20歳だと思う」

普通認定ありがとう。今はお仕事を勤めあげて悠々自適でいらっしゃるだろう。

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人は認められる生き物だと考える。「あなたの意見に賛同します」

夫もそうだったではないか。いつから言質をとり妻をへこます人となり果てたか。

 

この記事はひりひりした中から生まれた。

あなたが認め伸ばしてくれないからだよ。わたしは悲しい。

何より認めてもらいたいひとに、けちょんけちょんに言われて

嬉しい朝なわけがない。

 

心はフリーズしています。今朝の野菜スープの作りおきは

余計な感情が入っちゃって美味しくないだろうな。

アカシジアと書き文字。

アカシジア。座っていられない症状はただでさえ我慢強くないわたしにとって

何度も訪れるハードルだった。ハードルにぶつかって転ぶ。

現在はお薬がバージョンアップして悪さは直接食らわないものの、

かろうじて残っている症状として書き文字の汚さが気にかかる。

 

薬を服用していない学生のわたしは丸文字でノートをとるのが好きだった。

 

今では手に適切な力が入らない。丸文字の雰囲気は残ってはいる。

だけど格段に下手になった。

 

アカシジアに捕まった当時、1分間に1文字という非常にゆっくりと遅くしか

書けなかった。しかも左手で書いたようなヨレたお粗末な字。

相当落ち込んだ。わたしは詩作好きだった。それからも遠ざかった。

自分の文字が自分じゃない。悲しかった。

 

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のちにパソコンの時代となる。タイプライターやワープロ

ブラインドタッチが結局出来ずじまいだったわたしは

タイピングの教則本を買い求め夢の両手打ちを必死に頑張った。

ローマ字入力がお薦め、と聞き目で文を読みとり指先でローマ字にしてゆく。

書き文字は機会を失っていった。

 

ただ、今ここに来てお手紙を出したい相手に届けたい、

書き文字で顔をあげたい対象ができた。心をこめて書きたい手紙がある。

そのかたは毛筆や硬筆の段をお持ちだ。わたしはますます緊張する。

 

アカシジアに打ちのめされやがてゆっくりでも浮上し、ここまできた。

16歳で固まってしまわなくて良かった。

今の夫に出逢えて人生の時計を止めなくて本当に良かったと感慨深い。

生きていれば何がしかの邂逅はあるものだ。本当に絶望するいとまは無い、と思う。

涙がとまった。内観。意識に光を降ろしましょう。

夫からきいた内観の方法。

意識に光を降ろしましょう。

意識が(どういった感じか)難しい場合、わたしは心に残っている「出来事」に

照射する雰囲気で光を降ろしています。

 

これが°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

 

いい感じなのです!!*..。+゜¨☆*..。+゜¨☆*..。

 

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ドロドロのネガティブが真水に変わる感触♡

 

辛い辛い日々のおさんどんが笑顔で終了~

いや~ 涙が止まる、って大きい!

 

4月はわたしの誕生日があり、記念日が多い月でした。

幸せな幸せな月でした。

ずっとこぼさないように運んでいきますね。

 

はなびらのうみ。

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この季節、この時期だけの、はなびらのうみ。

漕ぎだしてきました。今度ひとりで歩きます。

わたしたちは一緒に居すぎましたね。

すこしだけ離れて有意義にそれぞれ過ごすこともまた大事で、

あなたが提案したそれらを了解した午後。

 

怪我や衝突などありませんように。

あなたの編む運命をただ支援します。応援します。

ですから冒険譚をぜひきかせてくださいね。

動かない彼女。

このブログにも幾度か出てくる彼女。

まったく自分から動かない道を選んだひと。

 

その強情さにわたしは心から驚嘆する。

なんて依頼心の強いひとだろう、と。

何かショックなことがあったんだろうか。人生に絶望したのだろうか。

 

一番最初に「いいわね、動けて」と彼女はわたしに話しかけてきた。

わたしは「?」となりながら話をきいてゆくと

「3年で動けなくなったの」ということだった。

 

ますます「???」となりながらも彼女の言うままわたしは詰め所の

看護婦さんを呼んだ。彼女は何かしたい場合、看護婦さん経由で物事をするのだった。

「甘えているのよ」昔からの顔見知りの看護婦さんは仰った。

にしてもその状態を誰も止めなかったのか。

彼女はナースコールを持たされ一人部屋で動けば看護婦さん或いは看護師さんを

呼べるしくみを作られていたが動かないこと山の如しで結果は捗々しくなかった。

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わたしはショックなことがあると寝れば治るというかその分、神経は

細かに出来てないのか自分で動いたほうがなんぼか早い。で起きて活動する。

自然と一日を始めてしまうものと考えるから、いや、考えなくても身体は動く。

 

日々を放棄したくはない。130歳までしゃんしゃんと自分で自分のことが

出来る高齢者になりたい。そのために意識鮮明でいたい。

動きたくないから、というエネルギーで生きたくはない。

 

そのかたは未だに入院生活を続けているのかな。

現代では退院させて自主的に生きるようにプログラムを作るのだけど

彼女はあくまで動かない。どうするのだ。一体。怖くて聞けない。

あるのは事実だけ。彼女は動かないのだ。

辛かったアカシジア。

何が辛いって当時の主治医の先生がこちらの言うことをはぐらかして無視されたこと。

副作用と訴えてるのに認めてくれなかった。

これがのちに高血圧のお薬が遅れることに影響する。

「医者は患者に薬を合わせないもの」という思いこみになって。

 

ロドピンを使用しないドクターもいらした。

アカシジアを考慮して配合された投薬をしてくださった。

涙が出るほど嬉しかった。

それもまた違う先生によってロドピン使用されることとなるのだが。

 

製薬会社との癒着でもあるのか、と穿ってしまうほど、

A病院はロドピンを使いたがった。

アカシジアは座っていられない症状を出す。

常に歩きまわって逃すしかない。せつない。

 

今ではそれもこれもわたしが選択した道で

どれも適切なタイミングで遭ったことなのだ。

どれも外せない階段だった。

運命の輪。今は笑顔で暮らしてる。過去のおかげだと、そう捉えている。

 

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「ウチの素顔だ!」ばーちゃんが言う。恥ずかしかった。

実家にて。社交的なわたしのお祖母ちゃんは

いきなり友人を連れてきては孫がくつろいでるのもお構いなしに

「ものっそい」散らかってる部屋へ通して、

「これがウチの素顔だ!」と言い放った。

孫娘たちは散り散りばらばら。「行かねんで、行かねんで!」

(行かないで、と、ご友人が言うも時すでに遅し)

 

だいたい、お友達を家にあげるのに少しは体裁を整えることをしないのか、

お祖母ちゃんよ。

魔窟のような実家にすっごいアバウトな住人。

観音崎家の実家はどこから手をつけていいのやら、という風体でした。

 

お祖母ちゃん。おともだちは大切にしないと。

居づらくて早々に帰られたことは無いのかなぁ。

お友達の心情やいかに。「…私って大切に思われてないのかなぁ」

 

観音崎実家において女3代とも「針箱」が魔窟!でございました。

 

あれ?お祖母ちゃんはお針を習ったんと違ったっけ?

尋常小学校しか出てないのがコンプレックスで本当はお針の学校へ

行きたくはなかったのかな。…にしても。

 

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孫娘たちは苦々しく思い出すんだよ。

絶対神ではない。

夫とて絶対神じゃない。

知識の数や内容は適わなくても絶対じゃない。

わたしはわたしを行こう。

そう言い聞かせながら心に刻んだ。

空はどんより。

なんなのだろう。昨日は暖かかったらしいが精神的には大差がない。

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大まかに区切ってやはり冬の気温だと思う。

地元では雪だろうな。

雪かきがマストじゃない都会っていい。

故郷の知り合いが関東暮らしでUターンして地元に戻って

冬の雪かきには心底まいった、という話をしていらした。

 

雪はもう、たくさん。

 

春を待とう。春待ちの詩を幾つ描いたことだろう。

雪が溶けて地面の茶色が見えると嬉しかったものだった。

ホシノヒトミが綺麗に音符みたいに咲くのがわくわく嬉しかった。

同じ頃、都内では葉牡丹がにゅーっと伸びて天辺に菜の花みたいな

花をつけて終了~♪ って知らなかったなぁ。

 

動けなくなるほうが怖いんだよ。

3年でまったく動かなくなったかたが国立にいらした。

どれだけ周囲に依存したんだろう。

まわりが彼女を誘導しようとしても頑として動かない。

「甘えてるのよ」と看護婦さんがポツリ言った言葉を忘れない。

 

彼女は部屋の温度までも自分の心地よさ優先で(暑がり)設定温度を上げなかった。

 

気の毒に同室のかたは眠るための足カバーと肩掛けカバーを用意し

寒くないように眠っていらした。「おら、やんたぁ~」と嘆いてばかりじゃない、

ちゃんと出来ることは工夫しておられた。

 

それに感動した。

やるじゃん、おばちゃん。

 

それにひきかえ動かない彼女、誰とも一緒の部屋になれないだろうな。すぐ頼るから。

「詰め所の看護師さん呼んできて」と。それを繰り返していると本当の孤独に

陥ることになるのだと彼女は気づかないのだろうか。

 

ま、今は関係ない。そんなことより自分。自愛をこめて描きだした日記。

春よ、来い。春待ちハート。

憐れむなかれ。

プレミアム土曜日だからこそ、掃除に精を出した。

まぁ書かないが。夫から「掃除した時だけ嬉しそうにブログに上げないで」との

お達しがあった。んなん、自己満足の世界だ。別にいいじゃんよーってわたしは

思うんだけどな。

 

「規格外の私の尻拭いを何度もさせてしまって申し訳ありませんでした」という

メッセージカードの文章を(おそらく)母は読解不能なんだろう。それならそれでい

い。実家の大人たちの目に触れたらそれでいい。母にはたましいの病院へ行かなければ

ならぬほど今現在では通じないだろう。前のわたしの結婚解消のあれこれを「そんな

面倒くさいことを」と留守電に吹き込んだひとだ。アナタが決めた結婚だろうが。

たぶんそれも含めてのいいタイミングだったであろう。わたしたちの再婚は。

 

この頃、夫の機嫌のすこぶる良い時は天井知らずに高い。

わたしは過去を手放せたのだ。もう後ろ髪を引かれることもない。

まったく無価値なものに何故あれだけ執着してただろう。

 

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馬鹿みたいだ、自分て。馬鹿だった、わたし。

自分で言うぶんには良いが他者から言われるそれは我慢がならない。

「お前だって〇〇が▽▲✖だろがぁー!」と感情は反論しまくる。

 

夫に対してわたしがキレた際に彼は瞬間、憐れむような表情を、した。

 

「可哀相に!」と言い放つ人々の感情の向こう側の高揚感を思う。

下に見ているんだ。わたしを。でないとそのひとは生きられないくらいの

闇を抱えている。憐れむなかれ。そのことで気分良くならないでくれ。

 

わたしは母を含むそのかたがたを苦々しく思うだけです。