後の祭り。
アカシジアを極力出さないように処方してくださった医師がいた。
思わず涙をこぼすほど嬉しかったのだが、わたしには
退院後に通院する元気はなかった。
馬鹿だったなぁと後悔するが後の祭りだった。
故郷を離れるまでの10数年以上をアカシジアに悩まされながら
暮らしてしまった。
故郷の医院ではロドピンを使いがちだった。
合っていなくても合わせてくださることはなかった。
副作用には懐疑的になり結果高血圧の薬も飲まないままで
その後倒れて救急搬送の憂き目に遭うのだがそれも後の祭りだった。
苦い経験。
救急搬送されて入院した脳外科では副作用はまったく出ず、
わたしは医薬品が30年の時を経ていることを実感した。
体感したのだ。
その後故郷のA病院に久方ぶりに入院しそこでも
処方されるお薬の精妙化を感じることとなる。
遠回りをしたものだ。
随分と長い遠回りだった。
アカシジアの気持ち悪さはなんだったのだろう。
平成の現在の幸せにたどりつくようになっていたのだろうか。
わからない。幸せと安易に名前をつけるようなものでもない、と
思うのだが。