精神的な壁・ひらりと飛んで虹。

やはり心のことを書こうと思い直し。

A病院

遠い記憶。未だ苦しむ。

わたしの人生の忘れられない出来事。それは国立のA病院。 両親が「苺はオカシイ」と判断してひっぱって連れていった精神科。 当人としては日常であるから特に何の異常も感じてはいない訳で。 今より乱暴な投薬の時代。粗野な扱いをする看護婦(当時の言い方…

動かない彼女。

このブログにも幾度か出てくる彼女。 まったく自分から動かない道を選んだひと。 その強情さにわたしは心から驚嘆する。 なんて依頼心の強いひとだろう、と。 何かショックなことがあったんだろうか。人生に絶望したのだろうか。 一番最初に「いいわね、動け…

辛かったアカシジア。

何が辛いって当時の主治医の先生がこちらの言うことをはぐらかして無視されたこと。 副作用と訴えてるのに認めてくれなかった。 これがのちに高血圧のお薬が遅れることに影響する。 「医者は患者に薬を合わせないもの」という思いこみになって。 ロドピンを…

絶対神ではない。

夫とて絶対神じゃない。 知識の数や内容は適わなくても絶対じゃない。 わたしはわたしを行こう。 そう言い聞かせながら心に刻んだ。 空はどんより。 なんなのだろう。昨日は暖かかったらしいが精神的には大差がない。 大まかに区切ってやはり冬の気温だと思…

田んぼに蛙。あの夜みた風景。

最初に言おう。布団ひと組みをダメにした。 2回めの隔離状態(保護室送り・他者を著しく惑わせるため)のある夜のこと。 わたしは田んぼにいた。夢じゃない。トイレットペーパーで「ばってん」を 入れなくては、と必死だった。そうこうしているうちに巡回の…

私の16歳。

16歳はわたしにとって重要な年齢でした。 次々おない年の女の子たちが芸能界デビューを果たし、 わたしは日常であがいていました。 高校はギリギリのところで男子校を選び(工業デザイン科・男女半々) 母の後輩にあたる高校だとのちの人生で分かり、どでび…

ごちそうさまでした。

「ごちそうさまでした」わたしはこれをお薬を飲んだ時にも言う。 夜8時の投薬(就寝は9時)の場でもウケた。 食後のお薬の時も、まず自分の番号を告げ、お薬をもらい、飲み、ごっくんして 「ごちそうさまでした」屈託なく無邪気に言い放った。 それだけエネ…

生活のうすのろを退治せよ。いい子いい子、と念じてね。

この前のトクホの特茶を飲んだ翌日に体脂肪が1%減っていました。 飲み物としては相性がいいらしいです。 長期的に見て身体にいいかは別にして。 なので毎日特茶ばかりは飲まないことにします。 ペットボトル、でかいし。 ダイエットは49,5kgを見たのでひ…

こめかみから、汗。

15分ほどのウォーキングから帰ってまいりました。 気候がだいぶいいですね。 大袈裟な上着が要らなくて、軽装でオッケーですもの。 マンションを出てすぐの幼稚園の朝の出席風景を横目に公園へいきます。 ちっちゃい子は可愛いですね。葛藤がなくて。 あの無…

*..。+゜¨☆*..。+゜¨☆*..。 不定愁訴(ふていしゅうそ)とは、「頭が重い」、「イライラする」、「疲労感が取れない」、「よく眠れない」などの、何となく体調が悪いという自覚症状を訴えるが、検査をしても原因となる病気が見つからない状態を指す。患者から…

床屋さんで「運命変わった」

前の入院では月に1度床屋が来て髪のカットや男性患者の髭などを あたっていた。わたしは床屋に切ってもらうのは抵抗があった。 美容室でなくちゃ、微妙なラインを作れない、と勘違いをしていた。 だが、どうにも前髪が伸びすぎておさまりが悪い。 実家の女性…

合う・合わない。

わたしにはぴったりの処方をしてくれたO先生が E子ちゃんのになると、まるでダメ、という場合があって E子ちゃんは基本静かであかるいのに、 O先生時代は荒れ狂っていた。 「薬って怖いね…」わたしも周囲のひとりとしてうなずきあった。 平成初期のことだっ…

体勢。

A病院の体勢は穴だらけになったように思う。 無理をさせない、時間で縛らない。 その代わりに実にゆるゆるでしまりなくなったように思う。 お風呂の時間のすぐあとにSSTの授業があるとか、 風呂を手早くすませたわりには「確認してきます」と職員が こちらの…

怒鳴られる。

医者に怒鳴られたことがある。 その時わたしは高齢者の投薬を担っていた。 そして自分の服薬を忘れがちになっていたのだった。 W医者は「忘れただとー?!」という文脈で こちらの話も聞かずにただ頭ごなしに怒った。 付き添ってくれた高齢者は医師が怒鳴る…

葛藤のバトンにならぬように、

昭和をA病院で生き抜いたわたしは、 平成の体制が生ぬるくて生ぬるくてもどかしかった。 たとえばお風呂の入り方。 湯船で体を洗ってはいけません、的なことを 現在は言ってはいけないみたいになっていた。 オーノー! わたしはA病院のお風呂の最初の最初に…

血圧のお薬を飲むまで。

アカシジアがはっきり出たのは16歳の頃。 まだほんの子供で初めて親元離れた入院生活で何のどんなお薬を 飲んでいるのかもわからない30年ほど前の話である。 お薬手帳もないすべては闇の中でとり行われているような気さえした。 医者は古いタイプの口が重い…

入院者、いろいろ。

「自業自得だと思っています」 彼女は3週間で退院になった。 鮮やかだった。 自死を一度は企て失敗し真っ直ぐ病棟へ来た印象があった。 「僕、隔離3回」 隔離2回やっちゃった、と笑って話していたら近くにいた男の子にそう言われた。 タバコとコーラがやめら…

しろたん、苺色。

故郷のA病院の若い子には勿論素直な子もいた。 ピンク好きに悪い子ってあまりいない。 彼女の退院時にはとってもスイートないでたち、服装が選ばれ、 荷物のなかにはとてもクレバーなしろたんがいた。 しろたんは全身真っ白でだんだん汚れてくるのがとても…

シーツ交換と若さ。

平成のA病院はすごく面代わりしていた。 リネン交換はお掃除スタッフさんが懇切丁寧にやってくださり 「不潔なリネンは交換してくださいねー!」と言う昭和のノリは消えていた。 厳しいリネン交換に泣いた昭和の女子たち。 その後お家で十分役立つテクニッ…

男ともだち。

スケジュールはスカスカだから風通しはよいように感じた。 通信はできないPCを使い映像を見たりタイピングや画像編集のち プリントアウトなど豊富なメニューを体験できる多目的ルームがあり 皆思いのままにくつろいでいた。 若い子もそれなりにわれら中年…

15年以上ぶりに、

A病院に入院しました。 まるで体質や体制が変わっていました。 「いいの、いいの。(治療に専念してさえくれれば) 他は何もしなくても~」という感じでしょうか。 昭和を生きた私に平成のぬるさはちょっと吃驚でした。 リネン交換の曜日に泣いた世代として…

受け入れがたかった。実にのみこみがたかった。

受け容れがたかった。 実にのみこみがたかった。 16歳の初入院。閉鎖病棟。 こんな世界があるのかこんな集団生活があるのかと驚愕した。 病は治すのが勿論だが「退院したいといわなくなったら退院」と諭され どういうこと?!と問いが立った。あれは人生で最…

精神薬が絶対じゃない、と感じる場面。

入院していたときの患者仲間の特徴に その時々の心身の状態により、にこやかに再会する場合と 暗く再会する場合とがある。勿論自分も含めてそうだった。 状態の安定・不安定がストレートに対人に出やすいものだ。 私は地域の活動に出れたり出れなかったりす…

「退院したいと言わなくなったら退院ですよ」

退院は自分の意思ひとつでは出来ないと言い渡されて 初の入院の初めのわくわく華やいだ気持ちはそれを境に一気に沈んでいった。 「退院したいと言わなくなったら退院ですよ」の意味がさっぱりわからなかった。 1度目はこちら側のゴリ押しで子どもじみた退院を…

ひっぱられる。のみこまれる。

閉鎖病棟で看護師の手を煩わせ、状態の下がっている入院患者を見た。その時はその方が「ひっぱらないで!」と連呼していた。後で他の入院仲間がそれわかる、とひとりごちた。「ひっぱられる」という表現の感覚や意味がわかる、そういうことだった。 女性はと…

閉鎖病棟の扉の象徴するもの。

鍵をかけられ自由に出ていけない重たい扉があった。 比喩ではなく現実の閉鎖病棟の入り口の扉だ。 外に面した窓にはすべて格子がはめられ風景を見る視界は区切られている。 ドクターにたてつき興奮しきって部屋に戻った他の患者仲間は 自分を鼓舞するように…

何も心配要らない、あなたは大丈夫。

初めて親元を離れて4ヶ月、一時的にも暮らした場所が精神科の閉鎖病棟。 16歳の経験としては珍しく得がたいものだったと思います。 運命はバランスをとっています。 それまで勝手気ままに過ごしていた我の強い私が あっという間にぺちゃんこになりましたから…

同意のためのサインをさせられた部屋のおかしな空気。

「あの時あなたは”妊娠しています”とも言ったんだよ」 そりゃ言いますよ。強制的に入院させられる場面ではなんだって言いますよ。 とにかくその場の家族も病院の関係者も私本人のサインを求めていた。 私のサインがないと入院にならないのだ。 書類上の形式…

おやつと普段着。

病棟の定員50名。その頃はほぼ満杯だった。 入院者は割合と続々やってくるものだ。不思議と定員は超えない。 詰所で退院者と入院者のバランスを見たり調整もしていたのだろう。 患者たちの8割ほどは上下のジャージ姿。 普段着るものは患者自身の持ち込みだ。…

たった今のためのこれまで。

「君は薬をのまなくてもいいよ」 ”素直なのはバカだと思っている”と表現したZ医師が 私に薬の必要はないと告げた。私は喜びその判断を嬉しく思い服薬を中止した。 この大胆な判断を後に私はこう解釈してみた。 ”再発も含めて人生をリアルに体験してきなさい”…